〓鏡の中の藤谷若菜〓

3/17
136人が本棚に入れています
本棚に追加
/201ページ
『はい次の患者さん御呼びして!』 12月に入り猛のいる病院も患者がどっと増え出した。季節性のインフルエンザが蔓延しているせいでもあろう、まるでベルトコンベアか何かに乗せられた小包のように次々来科する患者を診察しながら猛は深いため息をついた。 (やれやれ…これじゃ休む暇もありゃしない…ふぅ) 午前中の診察を終えたのは昼の2時過ぎだった。 (夜の診察までに軽く御飯食べとかないと…) 猛はいつものようにスリッパ履きのまま職員食堂に向かった。 『きつねうどん、かやく御飯付きで…』 券売機で購入した食券をカウンターに置くといつもの年輩のおばちゃんが猛を応対した。 『あれ?…今日はいないんですかサリ…あ、いや寺脇さん。』 『やだよ高橋先生、もう若い娘に唾付けたんですかぁ?』 『つッ、唾って…人聞きの悪い事言わないで下さいよおばちゃんッッ。』 おばちゃんは冗談よとケタケタ笑いながらうどんの玉を茹で始めた。 『寺脇さんならここ二、三日体調悪いって仕事休んでるよ、風邪でもひいたのかね。』 『そうなんですか…』 寺脇佐里が厨房にいない事に少し奇妙な淋しさを感じながら猛はきつねうどんをすすった。 (どうやら僕本当にヤキがまわったみたいだ、一日一回彼女の江戸っ子弁の怒鳴り声を聞かないと何だか落ち着かない…ハァ、僕本当にドM先生…) 猛は頭を抱えかやく御飯の中の椎茸を箸で面倒臭そうに摘み上げながら寺脇佐里と誰かを完全に投影していた。 《アンタどうしようもない草食型ダメ野郎だけど…何か他人を引き付けるいいもん持ってるよ。何だか解んないんだけどな…》 佐里との会話の後いつも最後にそう言う彼女のその言葉に猛は一人苦笑いを浮かべた。
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!