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「叩かれていた私を、陽子はいつも遠くから見ていた。見ているだけだった。姉さん、助けて。今なら忌々しく感じる台詞を、あの頃は何度も何度もつぶやいていた」
「っ、あ、あま……ね」
あの頃のあたしは、本当に馬鹿だった。何も知らないふりをした、温室育ちの子どもだった。
「今さら、私に手を差し伸べても、意味がないの。無駄なの」
「……っ!」
あたしの唇は微かに震え、喉が枯れて声が出ない。息を吸っているのか、吐いているのかわからない。
動くことすら、許されなくなった。
気付けば、私のお腹がなくなっている。
下にしたたる液体は、大きな黒い水溜まりになっていて、床に染み込んでいく。
「あ、あま…っね……お願……い……きい…て」
あたしはのどを震わせ、精一杯、言葉を声にだした。
「残念、聞けない。だって陽子の言葉には何の意味もないから」
雨音は小さな声で言った。
それからただ無表情で、黒い液体となり消えていくあたしを見つめる。あの頃のあたしが雨音を見たように、その瞳には冷ややかな侮蔑を交えて。
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