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「ま……ね」
木下さんは額に汗をうかべ、目を閉じたまま何かをつぶやいていた。
「…ね………あ……ま…ね…っ」
「木下さん?」
「………」
俺の呼びかけに気がついたのか、木下さんは急に口の動きを止めた。
「……どうした?……木下さん?」
「……………」
「ちょっと、誰か呼んでくる」
俺は教室を駆け出そうとしたとき、後ろから何かが起き上がる気配がして、急いで振り向いた。
木下さんは眉をぴくりと動かしながら、ゆっくりとまぶたをあけた。
よかった。俺は心から安堵した。
「大丈夫、木下さ…………ん?」
それはもう木下陽子ではなかった。
というのは未来を知ってる語り手の特権。未来の俺の発言だ。
まだこのときの俺は、先ほどまでのほがらかな笑顔の持ち主とは、ほど遠い何かを感じただけであった。
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