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「待って」
気がついたら、足が勝手に動いていた。木下さんは、まだ廊下を出たばかりだから間に合った。
木下さんは、怪訝そうに振り返り、俺をじっと見つめた。
「誰だ……? 木下さんじゃ、ないよな」
俺は負けないよう、真っ直ぐ彼女を見て問うた。
こんな質問、端から見たら馬鹿げてる。
しかし顔形は木下さんそのものなのに、こうも恐怖を覚えるのは何故だろう。
「……私?」
雨の音は酷くなり、やがて廊下の窓に打ちつけるほどになった。
窓の外の野球部も、沼と化したグラウンドで練習するすべもなく、部室へと向かっていった。
「あまね。木下、雨音」
その名前は、気を失った木下さんがうわ言のように、何度もつぶやいていたものだった。
木下雨音?
木下さんは実は二重人格なのだろうか。何かにとり憑かれたのだろうか。寝ぼけているだけだろうか。そうだといいな。
俺の頭は混乱する。耐性のない情報で、頭がおかしくなりそうだ。
「覚えて、おいて」
木下雨音さんは、何故か今にも泣き出しそうな顔をして、俺を横切って階段を降りていった。
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