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【Scene1】
魚を炙った煙かタバコから昇る煙か知らないが、この大衆居酒屋はレースのカーテンがかかっているかのように曇っている。
おまけに、小数精鋭の店員に対して割の合わない座席数のおかげで、なかなか来ない注文を催促するお客の声と、「かしこまりましたー!少々お待ち下さい」と威勢のいい店員の返事が交差して、店内はがやがやと沸いていた。
これを賑わっていると評価してよいものかどうかわからないが、注文した『焼きししゃも』がまだ俺のテーブルに出されていないのは、事実だ。
そんな表面上は活気のある大衆居酒屋の隅、正確にはお手洗いの手前の席で、俺は晃と生ビールを飲んでいる。
「ビールを冷やして飲む!この感性を持ち合わせた日本人に万歳だね」
上唇に白い泡を付けながら、晃は饒舌になる。
「本場ドイツじゃビールを常温で飲むんだってさ。それって既に魂がぬけてるよな。そんなのビールって呼ばねぇよ!点々を取ってヒールだ、悪だ、冷やしてないビールは悪だ」
これが独自の持論ってやつで、晃はビールを飲む度に主張する。
俺は、どうでもいいと思っている。
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