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「げ。これ父さんのじゃん」
裕太はゴムの伸びた灰色のボクサーパンツの端を両手で持って広げた。母親が間違えて入れたのだろう。
「…………」
後で父親の棚に入れ直しておこうと左手でパンツの端の方を持ち、改めて自分のトランクスを取り出す。
「え?」
次の瞬間、手に持っていたはずのパンツが消えていた。
窓は全開。反対側には扇風機(強風)。
「うっわ、マジかよ……。まあ良いかな、父さんのだし……、ん?」
しかし、窓から落ちたと思われた父親のパンツは窓の手前に落ちていた。
「あれ、窓から飛んでいったかと思っ――」
――ないのだ。
右手にあるはずの自分のトランクスがなかった。
「おいおい、嘘だろ……」
窓から顔を出すと、家の前の道路に、自分がさっきまで持っていたトランクスが落ちているのが見えた。
「やばい……、あれは……っ」
あのトランクス――実は裕太が、修学旅行の時、決してなくしてはなるまいと学校名から氏名までをも書いた、個人情報パンツなのだ。もしあれが人に、特に同じ学校の生徒に拾われでもしたら、この上ない恥である。
生きてなどいられない。そいつを殺して自分も死ぬしかない。
裕太は急いで階段を駆け下り、玄関を飛び出した。
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