...参...

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館には、もう一人男がいた。足音を聞いてテテが慌てて元の姿に戻る。 「何か賑やかだと思ったら、もう起きてきたのか」 アザレイとは違う、文官タイプの優男。しかしその顔はよく似ている。 「お世話になったようで。吟遊詩人のセルシアです」 「ああ、アザレイから聞いてるよ。弟がいつも世話になっている」 「アザレイ君は別に…」 「いや、違うよ。レオンの方だ。俺はシオン。大魔導師サレイの継嗣で、レオンと共に十二年暮らした、あいつの義理の兄だ」 セルシアは居る筈のない人物が目の前に現れたと知って驚いた。 「…何故、別の世界の人間がここに。しかも貴方、確か子供が産まれたのでは?」 「へぇ、あいつ俺のことも話してたのか。子供はな、多分あと一月くらいで産まれるよ。元の世界で嫁さんが待ってる。母さんの仕事を手伝ってさっさと終わらせて、孫を見せに戻らせてやりたいと思ってここに来てるんだ。俺は今、あの世界の長代理だ」 「長は、血族でないといけないんじゃなかったです?」 「代理だよ。レオンが戻るまでのな。幸い事情は元から知っている。あのクソッタレ共…ああいや、レオンの親戚連中から選ぶよりはマシだ」 「そうですか。ところで…貴方はレオン君とアザレイ君、どっちの味方なんですか?」 「俺?俺は、そうだな…うーん…大魔導師殿の味方かなー!」 シオンがそう言った途端、アザレイの表情が暗く翳ったのを、セルシアは見逃さなかった。 「セルシアお兄ちゃん!ウルスラ連れてきたよー!」 パタパタと軽い足音が二つ響く。 「ただいま!あれっ、庭まで来てたんだ!シオンお兄ちゃんもいるー。皆で巨大犬小屋見に来てたの?」 「お帰り、カレンちゃん。セルシアさんが起きたから出て来たんだよ」 「そーなのね!はい、ウルスラ!この人がセルシアお兄ちゃんだよー」 カレンの後ろに隠れていた男の子が前に押し出される。 「はっあのっ、初めまして!ウルスラ、です…」 成る程確かに似ている、とセルシアは彼を観察した。髪色は自分とほぼ同じだし、顔はヨナリアにそっくり、つまり自分とも似ているのだろう。 「初めまして、セルシアです。ヨナリア…ああ、今はディゾールと名乗っているんだっけ。彼の甥です。だから…そう、君の従兄弟だね」 「へぇ、すっごい美形遺伝子なんだなぁ…」 シオンがしげしげと二人を眺めて言う。 「カレンのお兄さん達も、その、カッコいいです!」 銀色の天使が少し顔を赤くしてシオンを見上げる。中々の破壊力。これは、宜しくない。俺には妻子が。シオンは話題を変えることにした。 「その三つ編み可愛いね。自分でやってるの?」 「最近は自分でも出来る様になりました!それまではカレンがやってくれてました」 「おおう…仲良いのね…」 「私はお父さんいないし、ウルスラはお母さんいないから、馬が合うってやつよ!ね!」 「はい。よく二人で、お父さんとお母さんが結婚したら家族になれるのにねって話してます」 アザレイが珍しく吹き出した。 「…いや、夢を笑って済まない。だが結婚とはそういうものではないんだ。二人が家族になりたいなら、二人が結婚すればいい」 「お兄ちゃん!?」「アザレイ!?」「ぼ、僕がカレンと…!!?」 周りがアザレイの発言にギョッとする。任務を離れたこいつ自身は中々面白い奴だな、とセルシアはアザレイを評した。 セルシアはウルスラと暫く二人だけで話をした。 「ヨナリアから聞いたよ。君も音の民だと。僕と同じだ」 「お父さんは…僕の左耳が無いのは、音の民だからだと言ってました。セルシアさんも無いんですか?」 「ああ、僕は両側とも無いよ。この世界では、異質かもね。僕らの世界では、これはギフトだった。音の民は音楽の才能に目覚めやすい。勿論個人の努力次第だけど…僕らの世界では音の民に憧れて、自分で耳を削ぎ落とす馬鹿までいたくらいだ。流石に、そんな紛い物は大抵すぐバレるんだけどね。僕は音の民であることに幸せを感じてるよ。武器を取り上げられても金を盗まれても、歌を取り上げられることはないからね」 「…僕も、聖歌隊に選ばれたんです。学年で十人、その中でもソロ役、一番を任されたんです。…でも、それは僕が〈片耳が無くて可哀想だから〉だって言う人も…いるんです。僕は歌うのが好きです。でもお父さんは、ちょっと困った顔をしていました。応援はしてくれてるんですけど、僕はどうしたらいいのか分からないんです…」 ヨナリアは音の民が尊重されるあの街にあって、あの美貌であるにも関わらず、音の民ではなかった。それは想像以上にとても辛いことだったのかもしれないと、セルシアは今になって漸く気付いた。 .
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