...参...

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「…ヨナリアは、小さい頃の僕が音の民として在ることも心配していたよ。音の民は人の慰めになることが多くて、色んな大人が執着…自分のものにしようと狙ってくるんだ。僕らには親代わりの保護者がいたけれど、それでも何度も嫌な思いをしたし、危ない目にも遭った。僕が剣を使えるようになろうと頑張ったのも自分と仲間を守るためだった」 「音の民って大変なんですね…」 「ふふ、それでも僕は歌いたかったんだ。誰かと歌の技術で競うのも良いし、皆に褒められ喜ばれるために歌うのも良いし、お金になるのも良かった。でもそんなことよりまず、僕らしさが歌を歌うことだったんだ。  君も、自分のやりたいことをすれば良い。歌いたいから歌う、それ以上の理由なんて無いよ。歌が好き、何かが好きだと胸を張って言えることは、もうそれだけで才能なんだ。ソロに選ばれて嬉しかったなら頑張れば良い。嫌なことを言われて悲しければ歌を辞めてみても良い。でも僕なら、きっと辞められない。  君は僕の従兄弟だ。この血に流れる音の民の魂が、僕等の心を震わせてくれる。歌う勇気を与えてくれる。歌を知らないなら作れば良い。歌を忘れたなら聴けば良い。声が出ないなら演奏すれば良い。  さあ、君もそろそろ、堪らなくなってきてる筈だよ?」 大きい天使が小さい天使に微笑む。それは正しく手解きであった。 小さい天使が瞳を閉じておずおずと口を開く。そこから流れ出たのは天の調べの様な透き通るボーイソプラノの即興曲。 夢を見たのです ある日世界が 生まれ変わって 朝日に輝く 夢を見たのです ある日世界が 僕に優しく 手を差し伸べる それはどんなに 幸せでしょう それはどんなに 嬉しいことでしょう… ウルスラがセルシアを見る。セルシアは頷いて引き継いだ。 夢を見たのです 僕の小鳥が 宝物を得て 飛び立ってゆく 夢を見たのです 僕の小鳥が 翼拡げて 大空を目指す それはどんなに ときめくでしょう それはどんなに 喜ばしいでしょう カレン達がいつの間にか話を止めて此方をじっと見つめていた。ウルスラの頰が上気する。歌うことの少しばかりの気恥ずかしさと、歌うことの圧倒的な気持ち良さを受けて、彼の心が満たされてゆく。 僕のいる世界はまだ僕に冷たく (打ちのめされて) 誰もまだ僕のことを見向きもしない (それでもいつか) あの日見た夢の続きをまた見られるなら (その時はきっと) 次は夢じゃなくてこの手に捕まえたい (この手に──) 夢の(夢の) 続きを──! 観客はほんの数人。拍手の手が足りないが、そんなものはどうでもいい。将来の自分の様な似姿の天使に誘われて、即興で歌い切った。歌詞もリードして貰いながらだが、自分で紡ぐことが出来た。確かに、何かの夢の形を掴んだ気がした。 「歌うのって、こんなに楽しいんですね…!」 「そうですよ、忘れないでね。僕等の根っこはきっと一緒です。いまに君も、僕の様に歌の虜になるでしょう」 「虜?って何ですか?」 それは…とセルシアが説明しようとすると、カレンが駆けてきてウルスラに抱き着いた。 「すっごおおおい!ウルスラの歌、すごいよ!綺麗だった!カッコ良かったよ!あれ何ていう曲?」 「えっと、今僕が考えて作った曲だよ」 「ええっ!それはすごいな少年。あれ即興だったのか!」 「セルシアお兄ちゃんも普通に歌ってたけど、知らない曲だったってこと…!?」 「そうですね、僕はウルスラ君に合わせて歌いました」 「えーえーえー!何それ、もう訳分かんない!どうやって!?すご!すごすぎる!」 カレンの大興奮は中々治まりそうになかった。 .
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