...壱...

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…レオンは、ホーコクやらショーシやらゴシューショーやらの言葉の意味が分からず兄を見た。シオンは驚愕の表情をあらわにしていたが、弟が見ていると知ると唇をキュッと結び、 「カオンパパとママが死んじゃった。火事で死んだらしいよ…」 と教えてくれた。その口調には、茫然という言葉が最も似合っていた。 だが、幼いレオンはまだ「死ぬ」という言葉に実感がなかった。 「死んだらどうなるの?」 お守りの叔母に聞くと、 「どこか違う世界、遠いトコロへ行っちゃうの。もう、二度と会えないトコロへ…」 と言って、泣き崩れてしまった。 シオンも、隠してはいるが、肩が揺れ、床が透明な液体で浸みている。 レオンは訳が解らなかったが、二度と会えないと聞いて、急に淋しくなった。 「…やだ、パパ、サレイママ、置いてかないでよ…!やだ、僕も一緒に行きたいよ…!!」 その後何を言ったかを彼自身は覚えていない。 ただ、三人で大泣きしたこと、その間黒い男が棒きれの様に突っ立っていたことは妙に覚えている。 シオンとレオンは二人で暮らす事になった。 勿論レオンの父方の親戚が引き取るという話は上がったらしい。しかし二人の葬式の日、親戚の誰かが、 「あんな身元も判らない怪しい子連れと結婚するからだ」 と失言した為にシオンが怒りレオンが暴れ、その話は立ち消えになったのだ。 お守りをしてくれた叔母はシオンに通帳を渡し、 「シオン君は児童施設にその年から入るの嫌でしょ。二人ともうちの養子ってことにするから、何かあったらいつでもおいでね」 と言いながらも、 「お金は一杯あるから大丈夫よね」 と言って帰ってしまった。勿論本当にシオンを気遣ったのではなく、炊事場の会話で「本家筋から施設送りは外聞もあるし」と渋っていたのを二人は見ている。 他の親戚連中も、「元気でな」だの「頑張れ」だのと他人事の様に声を掛けてから皆いなくなった。 どうやら元々祝福された結婚ではなかったらしい。 今思えば、遺産を残してくれただけでも有情だったのかもしれない。 だが、その時から決定的に、二人は大人社会との絆を失くしてしまったのだった。 シオンは皆の前では気丈にも涙を堪えていたが、皆が帰った後、部屋に閉じこもり独りで泣いていた。 レオンは前に学校の先生が言っていた事を思い出した。レオンのお気に入りの鉛筆が失くなった時だ。 「大丈夫、きっとまた見つかるよ」 彼女はそう言ってレオンを慰めてくれた。 「大丈夫、シオン。きっとまた会えるよ」 先生の口調を真似して、彼は言った。すると、シオンの開かずの扉がカチャリと開き、中から目を腫らしながら微笑む兄の顔が出てきたので、レオンは安心した。 「お前は、良いよな」 兄は子狐のような小さい頭をくしゃくしゃと撫でた。 そうして、兄弟の共同生活が始まったのだ。 .
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