五島から佐世保へ

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そこで「無理に夫方を使うなら」と工事場を逃げ出したい気持ちが反抗的に歌われたのだろう。そうした抵抗の気持ちは、この歌のそちこちに見られるし、《この海軍省》と鎮守府をことさら格上げしたような表現にも庶民の皮肉った反意のようなものがうかがえる。』 この様な新聞記事にもある如く、難工事、大工事で将来帝国海軍瓦解への道を槌音高く進めた訳である。 とは云え残された施設によって佐世保市が現在も将来も大きく生きてゆくことは否めぬ事実であり、大きな犠牲と巨額の費用を投じて建設した海軍の恩恵の余りあるところであろう。
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