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「はい、おしまい」
そう言って、少年は先程まで子供たちに読み聞かせていた絵本を閉じた。すると少年の周りを囲うように座っていた子供たちは、不満とばかりに唇を尖らせて。
「やだー!もっと読んで!」
「そうだよ、今度はこっちの本!」
「違うよ、お姫様のお話読んでもらうのー!」
「読まねーよ。お前ら昼寝の時間だぞ。昼寝しない悪い子はおやつ抜きだ!」
少年の一言で、子供たちは揃って口を閉ざした。食べ盛りな子供たちに、おやつ抜きは堪えるらしい。おやすみなさい。そう口々に告げると、駆け足で彼らは部屋を出ていった。
彼らはここ、『シルヴィー孤児院』で引き取られた孤児である。経緯は各々違うが、どの子供も戦争で両親を失い孤児院へやって来た。
「……寝かせるのも一苦労だよ、まったく」
そして彼、アズールも両親を失った孤児の1人。彼の場合、また別の理由で両親を失ったのだが、詳しいことは誰も知らない。あまりにショックだったのか、彼自身も幼き頃の記憶を無くしているからだ。
だが、アズールは前向きだった。幼い頃の記憶が無くても、自分は生きている。両親がいない子供なんて、たくさんいる。
いつしか彼は、この孤児院で兄のような存在になっていた。
「アズール、アズール!」
アズールが子供たちが使った玩具や、絵本を片付けている時だった。扉の向こうから、1人の女性がやって来る。明るい笑みを浮かべる彼女は、年齢よりも若く見えて。彼女はウェアル。この孤児院で院長を勤め、子供たちの母親のような存在。
そんなウェアルが上機嫌でアズールを呼びに来るときは、決まって裏がある。そのことに気づいているアズールは、口許を引きつらせ露骨に表情を歪めるのであった。
「なに院長。俺やらないよ」
「まだ何も言ってないじゃなーい!」
「まだってことは、やっぱり何かあるんだ?」
「う……」
痛いとこをつかれたウェアルは、小さく唸っては暫し視線を泳がす。その様子に、アズールは本日幾度目かの溜め息を吐いた。片手で額を押さえ、やれやれとわざとらしく肩を竦める。それは彼にとって、頼み事を了承する合図でもあった。そのことをもちろん知っていたウェアルは、コロッと表情を変えて。
「あらっ、さすがお兄ちゃん!頼りになるわぁ」
今晩の夕食、楽しみにしてね!そう笑うウェアルに、アズールは彼女からの頼み事が今晩の夕食の買い出しであることを知る。
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