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アズールは今、買い物カゴを片手に村の市場にいる。メモ用紙に記された食材を探し、よく品質を見極めあわよくば値引いてもらう。はたから見れば、今の彼は主婦のようだった。
「ふう、これでおしまいだな」
最後の買い物を終え、一息をつくアズール。そんな彼のもとへ、1人の少女がやって来て。
「まあ、奥さん!今晩の夕食はシチューですの?」
「……ジェミニ」
ジェミニ、と呼ばれた彼女はニヤニヤ笑い、ふざけた口調でアズールを茶化した。
ジェミニもアズールと同様、シルヴィー孤児院に住んでいる。が、孤児ではない。彼女は院長、ウェアルの一人娘なのだ。そんなジェミニは、隣の町まで出稼ぎに行き孤児院の経営を助けている。
「おかえり、今日は早かったんだな」
「まあね、私ってば仕事が早いから」
「ふーん、あっそ」
「何それ、素っ気ないわね」
他愛ない会話をしながら、2人は並んで歩いていく。空はすっかりオレンジ色に色付き、地平線の彼方では真っ赤な太陽が沈み掛けていた。彼らにとって見慣れた景色だが、見飽きることはない。
遥か上空では、一番星が輝いている。オレンジから薄紫、藍色へと変わる空のグラデーションを眺めながら、2人は孤児院へと帰っていった。
いつもなら、昼寝から起きて元気よく遊び回っている子供たちが迎えてくれる。が、今日は違った。玄関を開けても、誰も出迎えてはくれない。さすがに不思議に思い、アズールは夕食の食材をキッチンに置き、人の気配がする男子部屋へと向かう。
「おーい、ただいま。……って、どうしたんだよ」
「あ、おかえりアズ兄!」
部屋を覗くと、そこにはアズールのベッドを囲む子供たちがおり。そのベッドの上には、見知らぬ少年が横たわっていたものだから、アズールは心底驚いていた。それはジェミニも同じで、2人揃って目を丸くさせている。
ベッドで眠る少年は、見た目からしてアズールよりも年下、14、15歳くらいだろうか。彼が着用している上質な衣服が、ところどころボロボロであったことに気付いたのは、濡れたタオルと桶を手にウェアルが部屋へと入ってきたのとほぼ同時だった。
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