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ギュッとタオルを絞り、眠る少年の額へそれを乗せるウェアル。その傍らで、アズールはいまだ怪訝げに少年を見つめていた。
すると、アズールの視線に気づいたウェアルは振り向き、少し困ったように笑みを浮かべ。
「ごめんねアズール。勝手にベッド借りちゃって」
「別に……」
アズールにとって、そんなことはどうでもよかった。見たところ、少年は小さな傷を負っている。怪我人にベッドを奪われたくらいで腹を立てるほど、小さな人間ではない。
問題は、どういった経緯で今に至ったのか、だった。
「……いったい何があったんだ?見たところ、怪我してるみてーだけど」
「クゥが見つけたの!お庭で皆で遊んでたら、このお兄ちゃんが来て、そしたら、いきなり倒れちゃったの!」
アズールの問いに真っ先に答えたのは小さな少女、クゥ。クゥの証言からわかったのは、謎の少年がいきなり倒れたということだけ。余計に意味がわからなくなったアズールは、ウェアルへ視線を向けた。
すると、ウェアルは眉を下げてほんの少し肩を竦め。
「クゥの言った通りよ。彼、いきなりやって来たの。フラフラになりながら走ってきて、何だかそわそわしてて誰かに追われてるみたいだったわ。そうしたら、いきなり倒れてね。目立った怪我はないから、きっと過労ね」
「追われてる……?」
のどかで平和なこの村では、滅多に聞くことはない物騒な単語。ますます謎が深まるばかりである少年に、アズールは顔をしかめて。
眉間に、深く皺を刻んだ。その眉間に、グリッと指先が押し当てられる。ウェアルの指だ。目の前のウェアルが、アズールの眉間をぐりぐりと押していた。それから彼女は、明るく笑って見せた。
「そんな顔しなくたって、大丈夫よ。きっと悪い子じゃないわ」
「そりゃ、見ればわかるよ」
穏やかな表情で眠る少年は、とても悪党には見えない。むしろ、逆。悪党に拐われた、お姫様のよう。
そんな少年を看ているようにウェアルから頼まれたアズール。子供たちはというと、ジェミニにより部屋から追い出されて。
ベッドと机しかない簡素な部屋に、少年の穏やかな寝息だけが響いた。
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