1.煽情

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   何処までも果て無く続く、まさに底抜けの青空。  まだ朝だと云うのに、その空から照らされる陽と上がり始める気温で、早くも汗が滲む。 「いってらっしゃい、あなた」  ちょうど庭先では、出勤する夫を妻が甲斐甲斐しくも送り出している真っ只中だった。 「行ってくるよ、それじゃ」  革製の大きな鞄を手に、夫は背を向けてきびきびと歩き出した。  その背中を見詰める妻の耳に、ドアが開く音が一つ、届く。  隣の家からだ。  視線を向けると、眩しく糊の効いた白いシャツの少年がポーチを抜けて進んで来た。 「あら、渉(わたる)くん。お早う」  隣家の一人息子、渉が格子状の門を閉じると、遠慮がちに小さく会釈する。 「お早うございます」 「もう学校、夏休みじゃないの?」 「いえ……受験対策の講習が有って」  普段から愛想も口数も少なめの渉は、人妻と目を合わせずに俯いたまま。 「そっか、渉くん受験生だもんね。きっと、凄い大学入るんだろうなぁ」 「そ、そんなこと……」  戸惑い半分の渉が漸く顔を上げた時、二人を割く様な声が突然路地に響いた。  
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