プロローグ

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 Tシャツだけではまだ肌寒い季節。  咲き誇る桜の花びらよりも、散った桜の方が多く見える。  ナイロン地の白のロングコートを着た男は、小走りに路地裏に身を潜めたかと思うと、右手の黒い皮手袋を外した。  木の枝のような色形をしたその手は、ミイラを連想させる。  上下左右、勝手気ままに、まるで自分の意志に抗う動きを見せる右手を、必死に左手で抑えつけていた。  やがて、右手が鎮まると、下唇を噛みしめ痛みに堪えていた表情も、幾分穏やかに変化して行った。
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