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 車椅子に乗った初老の男は、瞳を開いてはいるが、視線の先がどこなのか全くわからない。  まるで存在そのものが危うく思える。  対称的に、横に座した女性、志津子は、今にも望に飛びかかりそうな勢いで話しかけている。 「わかりました。お義母様が交通事故でお亡くなりになられた記憶を消し、お父様の傍で安らかに眠られた夢をお見せすればよろしいのですね?」 「はい! 受けて下さるのですか?」 「お受け致します」  志津子は、両手で力強く望の手を握りしめ、深々と頭を下げた。 ―父に対する想いが強く伝わってくる。優しい話…これなら、お兄ちゃんも怒らないよね…。 「報酬は、1000万円ですが…」 「1000万…ですか?」  ここまでの話ぶりから一転して、眉間に皺を寄せ、志津子は躊躇した。  望の判断からして『新井興産』ならば、これぐらいの額は何でもないはずである。  それとも、表面化はしていないが経営難なのか?  望の視線を感じて我に返った志津子は、大慌てで 「よろしくお願いします」  と、付け加えた。
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