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10畳程の和室で、作治は千代の手をゆっくりと握り返し、反対の手で頭を撫でた。
千代は、この上ない満面の笑みで、眠ると、そのまま再び瞳を開く事はなかった。
作治の目に大粒の涙が浮かぶ。涙は作治の顔中の皺に沿って、畳へと流れ落ちた。
現実世界の作治にも涙が浮かんでいた。
眠っているけれど、来た時に感じた、空間を浮遊しているような、存在が危ぶまれるような、作治はもういない。
望は、明確にそれを認識できた。また、それは、志津子も同じであった。
「ありがとうございました」
志津子は、深々と頭を下げ、車椅子を押して扉を後にした。
良い事をした…望の心は満足感で一杯になっていた。
志津子がエレベーターで降りようとする頃、押しボタンを押すまでもなく、エレベーターは目の前の階で止まった。
エレベーターの扉が開いた。
中には、真っ白のコートを着た男が立っていた。
志津子は、自分の目を疑った。
背丈は180cm程であろうか? 先程まで志津子が対座していた、望に瓜二つの男が、そこには立っていたのだ。
男は、志津子の驚いた顔を別段気にとめるでもなく、一瞥するだけですれ違った。
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