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とうとう暑さで塾長の頭も…と、トモは小さく溜め息をついて先程の奇妙なやり取りを記憶の端に追いやった。
一通りの授業を終えて快適な建物を後にしてまた蒸し暑い街中へと足を運ぶ。
家までは地下鉄を利用して二駅だが、電車賃を節約して徒歩で帰る。
「何か今日は疲れた………」
重い足を引き摺るように歩いていると路地裏から微かに物音が聴こえた。
普段ならそのまま知らないふりして素通りするのに、トモは立ち止まって暗い路地に目を凝らした。
――― ドカッ! ………… ぅ…っ゛!?
バキ… ガッ゛―――……
ちらちらと目に入るのは炎の赤い色。
幾つかの黒っぽいシルエットに交ざって微かに揺れる。
トモは見慣れた赤にゆっくりと近付いて行った。
「―――炎(ホムラ)?」
「‘クゥ’……… こんな所で何してんだ?」
振り向いたのは燃える焔の髪色をした男。足下の屍を踏み越えて自ら‘クゥ’と呼んだ少年に歩を進める。
――――‘クゥ’
それはトモのもう一つの名。
気が付けば其処にいて、違和感無く周りに溶け込み…知らぬ間に消える。空気の様な‘クゥ’。
所謂不良と蔑まれる自分たちとは明らかに異なる容姿も普通ならば嫌煙するはずなのに、スルリと身内に入り込み、自然と其処に存在する。
不思議な少年。
「それはこっちのセリフだって。
炎は相変わらず元気そうだね!」
トモはたった今まで人を蹴り殺そうとしていた男にほにゃりと笑った。
そんなトモに炎はギュッと眉を寄せて声を落とす。
「クゥ、何で溜まり場に来なくなった?」
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