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「ちょ、リク? 無視?無視なの?」
幻覚幻覚。
僕は持っていた鞄をその辺に投げ、台所でコーヒーを入れる。
「リクー。愛してんぜー」
無視無視。幻覚に腹を立てちゃいけない。
「りっきゅーん?」
「その呼び方やめて下さい!」
つい反射的に返事をしてしまった。幻覚のくせに生意気だ。さすが先輩、幻覚になっても僕を苛立たせることは上手い。
「お、やっと返事したな」
「幻覚に返事しちゃったよ」
「え? リク? 幻覚って俺本物なんですけど」
「嘘までつくとはリアルだな。そんなに僕疲れてんだ。今日はさっさと寝よう」
そう。あの人がここにいるはずないのだ。互いに忙しくて最近は会っていない。それに先輩の大学は千葉で、僕は東京。
どれだけ会いたくても会えない。会いにも行けない。微妙な距離。幻覚に期待してはいけない。
「あのー、リクさーん。ボク本物だってばー。リクー」
「信じません」
コーヒーを飲み干し、幻覚のいる場所へ戻る。少し離れたところに座る。
最近会えていない事実に気付き、もう幻覚でもいいから話したくなった。本物だったらいいのに、と思う僕がいる。
「じゃあどうすりゃ信じるんだよ? 抱きしめてやろうか?」
「幻覚なんだから感覚だってあるでしょうから無理です。透けたりするのは幻影です」
「屁理屈だな」
幻覚のくせに生意気にコーヒーなんか飲んでいる。僕の部屋にコーヒー以外のものは水しかないので、そんなところまでリアルな幻覚だ。
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