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「僕より先輩の方が理屈屋でしょう」
幻覚だと思っているのに、ちゃんと返事をしてしまうのは期待の現れなのか。そんなに僕は求めているのだろうか。
そんなに気になるのなら、触れてみればいいのに。さっきはあんなことを言ったが、触れてみれば幻覚かどうかわかるだろう。
なのにやらないのは、できないのは、それはきっと僕の弱さだ。
「そうか? そうでもねーよ」
触れたらわかってしまう。もし幻覚だったら僕は堪えられない。会いたくて狂いそうになる。
だから確かめない。答えから逃げる。
「俺はお前ほど臆病じゃないからな。理屈に逃げる必要なんかねーし」
ぐさり、と、僕の心に突き刺さる言葉。
ああ、そうだ。僕は臆病者なんだ。現にこうして確かめることさえできない。
「知ってますよ」
口から出るのは精一杯の強がり。でも、僕をここまで恐がりにさせられるのも一人しかいない。
あなたのせいです。
口をついて出そうになった言葉を飲み込んだ。僕は先輩のことしか恐れはしない。先輩を失うことだけが怖い。
「自覚してんのに直す気はねーのか。ガキみてぇだな」
うるさい。幻覚だからか、僕の想像だからか、先輩は的確に痛いところを突いてくる。
「強がり。本当は寂しくて死にそうなくせに。そのくせ臆病だからそれを言えない。求めたらいけないと勝手に思い込んでいる」
仕方ないだろう。強い先輩には弱い僕はわからない。言えない気持ちなんかわからない。
「言わないのは嫌われそうで怖いからか? それとも、失ったときの保険か? 最初から手に入ってなかった、ってな」
幻覚は意地悪く笑う。機嫌の悪いときの先輩の姿。そんな責めるような目で僕を見るな。
「……もういいでしょう。幻覚なんか真面目に相手してる程僕は暇じゃないんです」
僕は立ち上がる。このまま先輩と話していたくなかった。その口から紡がれる言葉も、幻覚であることも、僕を傷つけた。
会話はもう終わりだ、という意味で立ち上がり、ファッションとして着けていたネクタイを外そうと緩める。緩めながら、パソコンデスクへ行くため先輩の前を横切った。
横切る瞬間、首が絞まる感覚がして、下へと思いきり引っ張られた。外しかけのタイを掴まれたらしく、床に片膝をつく。
目の前には愛しい人の顔。抵抗もできないまま、乱暴にキスをされた。
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