※あと5年(薔薇)

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「僕より先輩の方が理屈屋でしょう」  幻覚だと思っているのに、ちゃんと返事をしてしまうのは期待の現れなのか。そんなに僕は求めているのだろうか。  そんなに気になるのなら、触れてみればいいのに。さっきはあんなことを言ったが、触れてみれば幻覚かどうかわかるだろう。  なのにやらないのは、できないのは、それはきっと僕の弱さだ。 「そうか? そうでもねーよ」  触れたらわかってしまう。もし幻覚だったら僕は堪えられない。会いたくて狂いそうになる。  だから確かめない。答えから逃げる。 「俺はお前ほど臆病じゃないからな。理屈に逃げる必要なんかねーし」  ぐさり、と、僕の心に突き刺さる言葉。  ああ、そうだ。僕は臆病者なんだ。現にこうして確かめることさえできない。 「知ってますよ」  口から出るのは精一杯の強がり。でも、僕をここまで恐がりにさせられるのも一人しかいない。  あなたのせいです。  口をついて出そうになった言葉を飲み込んだ。僕は先輩のことしか恐れはしない。先輩を失うことだけが怖い。 「自覚してんのに直す気はねーのか。ガキみてぇだな」  うるさい。幻覚だからか、僕の想像だからか、先輩は的確に痛いところを突いてくる。 「強がり。本当は寂しくて死にそうなくせに。そのくせ臆病だからそれを言えない。求めたらいけないと勝手に思い込んでいる」  仕方ないだろう。強い先輩には弱い僕はわからない。言えない気持ちなんかわからない。 「言わないのは嫌われそうで怖いからか? それとも、失ったときの保険か? 最初から手に入ってなかった、ってな」  幻覚は意地悪く笑う。機嫌の悪いときの先輩の姿。そんな責めるような目で僕を見るな。 「……もういいでしょう。幻覚なんか真面目に相手してる程僕は暇じゃないんです」  僕は立ち上がる。このまま先輩と話していたくなかった。その口から紡がれる言葉も、幻覚であることも、僕を傷つけた。  会話はもう終わりだ、という意味で立ち上がり、ファッションとして着けていたネクタイを外そうと緩める。緩めながら、パソコンデスクへ行くため先輩の前を横切った。  横切る瞬間、首が絞まる感覚がして、下へと思いきり引っ張られた。外しかけのタイを掴まれたらしく、床に片膝をつく。  目の前には愛しい人の顔。抵抗もできないまま、乱暴にキスをされた。
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