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「……いきなりどうしたの?」
物語を書く人特有の、現実に空想が上書きされる、現実にある空想、モノカキ病の一種だろうか。
「モノカキ病?」
この言葉はうちの文芸部にしか通用しないけど、佳代には通じる。それで十分だ。
「……かもね。でも、風になりたいって思ったことはない?」
やっぱりモノカキ病だ。難しいことを考えすぎて疲れているだけだ。
でも、つい私は答えてしまう。
「あるよ」
私が答えたことに少し嬉しそうに笑う佳代に、続けて尋ねた。
「でも、佳代は風になってどうするの? どっかに行きたいの?」
「どこにも行かないよ。だって、風はどこにでも在るから」
じゃあなんで、と私が言う前に、佳代が続ける。
「風は時に凪いで、時に荒れる。感情そのままに吹いて、人に疎んじられたり喜ばれたりする。そんな風に感情で人と接することができたらって思うんだ」
「佳代……」
もう長い付き合いになる。佳代の話が何を指すかくらいはわかっていた。
でも、だから、この会話は続けるべきじゃないと思った。
「佳代らしいけど、普通、風は自由だから、とか言うんじゃないの?」
不自然だけど話を逸らす。私は元々こういうのが上手くない。
「そうかな?」
「そうだよ」
「ならそうかも」
互いに顔を見合わせて笑う。話は逸らせたみたいだ。
「でもさ照ちゃん、風ってホントは自由じゃないんだよ?」
「え……?」
「自由は自由であるってことに縛られるから」
佳代……?
「自由なんてないんだよ」
もしかして話逸らしたつもりが逆効果……?
「『自由であるがゆえに選択と決断を迫られ、故に結果を不安に思う』」
「何それ?」
「サルトルの言葉だよ」
サルトル? 聞いたことあるような気もするけど思い出せない。
「フランスの思想家。キリスト教圏内じゃ珍しい無神論者の。この前倫理でやったよ?」
倫理を昼寝の時間にしてる私が覚えてるわけがない。
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