※風邪(百合)

2/2
前へ
/81ページ
次へ
 夏のある日。あたしは彼女の家にいた。  風邪をひいたと彼女から電話がきて来たのだが、親が帰省中のため家には彼女一人が留守番しているという、なんともまぁ漫画みたいな展開になっている。親をごまかし、来る途中で風邪でも食べれるようなものを買い、急いで来た辺り、あたしは心底唯に惚れてるんだろう。  電話がきたときもつらそうだったけど、あたしが来るまで頑張って起きていたようで、今は眠っている。さっきより熱が上がったようでつらそうだ。  額に乗せたタオルを交換し、傍で見守る。既にお粥も作ってしまったし、やることもない。ただ見守るだけ。   「ん……」    ふいに彼女が目を覚ました。寝起きだからかぼんやりとしている。   「唯……?」    無駄かもしれないけど名前を呼ぶ。彼女の目があたしを捕らえた。   「……かなで?」    なんでいるの?とでも言いたげにあたしを見てくる。思いたくはないが、あたしを呼んだのも熱に浮かされてのことだったのかもしれない。   「大丈夫? なんか飲む? お粥作ってあるけど食べれそう?」    あたしは尋ねる。無理そうだったらもう一回寝かすまでだ。看病なんてしたことないからどうしたらいいのかわからない。   「かなで……」    彼女があたしを呼びながら手を伸ばしてくる。どうしたのかと心配になって、ベッドに椅子を近づけた。   「唯……?」    あたしが手を伸ばすと、その伸ばした手を彼女が掴んだ。熱のせいか触れた手は熱い。   「っ! ゆ、唯!?」    うろたえるあたしに彼女は不安そうな目を向けてくる。そうか、これはあれだ。風邪ひくとやたら寂しくなるとかそういうの。   「……いかないで。いて?」    熱で紅潮した頬。潤んだ瞳。 もう無理です。そんな顔されちゃなにも言えやしない。  あたしは内心のどきどきを隠して、彼女に微笑んだ。   「いるよ。こうしてるから」    彼女の手を握り返すと、ようやく彼女は安心したように微笑み、再び眠りに落ちた。眠りに落ちる寸前、曖昧な意識で呟いた彼女の一言をあたしは絶対忘れないだろう。   「大好きだよ、奏……」    ……風邪というのは想像以上にやっかいらしい。少なくとも、あたしの平常心を壊すには十分すぎた。   ――Fin――  
/81ページ

最初のコメントを投稿しよう!

74人が本棚に入れています
本棚に追加