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夏のある日。あたしは彼女の家にいた。
風邪をひいたと彼女から電話がきて来たのだが、親が帰省中のため家には彼女一人が留守番しているという、なんともまぁ漫画みたいな展開になっている。親をごまかし、来る途中で風邪でも食べれるようなものを買い、急いで来た辺り、あたしは心底唯に惚れてるんだろう。
電話がきたときもつらそうだったけど、あたしが来るまで頑張って起きていたようで、今は眠っている。さっきより熱が上がったようでつらそうだ。
額に乗せたタオルを交換し、傍で見守る。既にお粥も作ってしまったし、やることもない。ただ見守るだけ。
「ん……」
ふいに彼女が目を覚ました。寝起きだからかぼんやりとしている。
「唯……?」
無駄かもしれないけど名前を呼ぶ。彼女の目があたしを捕らえた。
「……かなで?」
なんでいるの?とでも言いたげにあたしを見てくる。思いたくはないが、あたしを呼んだのも熱に浮かされてのことだったのかもしれない。
「大丈夫? なんか飲む? お粥作ってあるけど食べれそう?」
あたしは尋ねる。無理そうだったらもう一回寝かすまでだ。看病なんてしたことないからどうしたらいいのかわからない。
「かなで……」
彼女があたしを呼びながら手を伸ばしてくる。どうしたのかと心配になって、ベッドに椅子を近づけた。
「唯……?」
あたしが手を伸ばすと、その伸ばした手を彼女が掴んだ。熱のせいか触れた手は熱い。
「っ! ゆ、唯!?」
うろたえるあたしに彼女は不安そうな目を向けてくる。そうか、これはあれだ。風邪ひくとやたら寂しくなるとかそういうの。
「……いかないで。いて?」
熱で紅潮した頬。潤んだ瞳。
もう無理です。そんな顔されちゃなにも言えやしない。
あたしは内心のどきどきを隠して、彼女に微笑んだ。
「いるよ。こうしてるから」
彼女の手を握り返すと、ようやく彼女は安心したように微笑み、再び眠りに落ちた。眠りに落ちる寸前、曖昧な意識で呟いた彼女の一言をあたしは絶対忘れないだろう。
「大好きだよ、奏……」
……風邪というのは想像以上にやっかいらしい。少なくとも、あたしの平常心を壊すには十分すぎた。
――Fin――
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