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「『そんなこと言ったって凪はアタシが好きでしょ? 凪はツンデレだしね』よし、送信。あ、なぁ冬香」
彼女に名前を呼ばれ、物思いにふけっていた私は顔をあげた。
「何? 朔」
「やっぱオレって変か?」
彼女はいきなり何を言い出すのだろうか。彼女の行動の中で最も変わっていることは彼女が今やっていることだと思う。
「どの辺について?」
「こうやって色んな女の子口説くの」
一応口説いてる自覚はあったのね。私は少し驚いた。彼女のことだから自覚せずにやっているのかと思っていた。
「えぇ」
即答!? 彼女はいいリアクションをしてくれるが、私は事実を述べたまでだ。
「どの辺が?」
奇しくも彼女は私と同じ問いだ。
「色んな女の子全員に全部口調とキャラを変えて口説いてるところとか、そもそもいちいち女の子を口説くところとか、それに声を出しながらメール送る癖もかしら」
貴女のその癖はいつも私を悩ませる。
毎回貴女が愛の言葉をささやくように言うのが聞こえる度、それが私に向けられることを渇望する。貴女が欲しくてたまらなくなる。
「オレのアイデンティティ全否定かよ……」
「そんなものがアイデンティティだったの? くだらないわね」
本当はくだらなくあってほしいだけだと自分で気付いている。出来ることなら他のことでアイデンティティを確立してほしいだけ。私を嫉妬に狂わせない方法で。
「くだらない言うなって。こんなんでももう抜けない。癖になっちまってんだから」
「……。朔はどうしてこんなことをしているの?」
こんな、別に本気で好きでもない相手を口説いて、相手だけを本気にさせて、相手が近づいてくれば飄々と逃げ出す。そんな真似を。
「聞きたい? 冬香」
あぁ、貴女のその唇が私の名を呟く。貴女のその声で私の名が呼ばれる。それだけで甘い陶酔に浸れる私は、きっと貴女以上におかしいのだろう。
「冬香になら、話してもいいかな」
彼女は無邪気な笑顔を私に向ける。屈託のない笑顔。
今だけは、私だけに向けられている笑顔。私だけの笑顔。
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