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土曜日の朝。『文芸部』とプレートの下がったドアを開けると、そこにはあの人がいた。
「なんでいるんですか、空哉先輩」
それは引退したはずの先輩。受験のある3年生が休みの日にわざわざ部室にいることがわからない。
「おはよう、りっきゅん。朝から部誌の構成か?」
全くの違和感なく、先輩はいる。まるで去年に戻ったみたいに。
「そうですが。あとその呼び方やめて下さい」
答えながら僕はパソコンの前へと行く。内心、少し嬉しく思っている僕がいるのが悔しい。
「いーじゃんか。りっきゅん、って可愛いぜ?」
「嫌です」
「リクは照れ屋だなー」
昔と同じやり取り。会話。何年も経ったわけではないのに懐かしい。
「違います。それより先輩何しにきたんですか」
「ん? 勉強の合間に愛しい恋人に会いにきたら悪いか?」
「悪いです。受験生は大人しく家で勉強して下さい。ついでにさらっと恥ずかしいセリフ言わないで下さい」
「りっきゅんったら冷たいなー」
顔が赤くなってはいないだろうか。冷静に返事をしたが、実際にそんなことはない。正直、会えなくて寂しかった。
「それで、本当の理由は?」
部誌ならもう配布し終わりましたよ?
「だからマジなんだけどなー」
この人なら本当にそれだけの理由で来そうだから怖い。
「じゃあもう会ったんだからいいでしょう。早く帰って下さい。僕作業するんで」
心の中とは裏腹に思ってもないことを言う。誤解されても構わない、とは思わないが性格だから仕方ない。
「あ、なぁリク。これ知ってるか?」
相変わらず人の話を聞かない人だな。
「なんです?」
先輩の手元を見ると現代文の問題集を開いている。
「この評論なんだけど、意外と面白くて。忘却の法則って評論」
知らない。そもそも2年の僕が3年の問題を解いてるはずがないだろう。
「どんなですか?」
「一言で言うと記憶に関しての話」
そう言って先輩は話し始めた。
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