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「引用なんだけどな、『人は誰でも忘れている、ということを忘れている。』あっけないと思わないか?」
これが本題か。僕は察する。勉強疲れで難しいことでも考えてしまったんだろう。
「今どれだけ真剣に考えようと、結局いつかは忘れ、忘れたことも忘れる。なんか虚しいよな、ヒトって」
「でも、考えていた、って事実は残るんじゃないんですか?」
僕は先輩を真っ正面から見た。一瞬、言葉を失う。
「バカだなー、りっきゅん。その事実さえ忘れるんだろ?」
その呼び方やめて下さい、と僕は言うことができなかった。先輩は、狡い。
代わりに尋ねる。
「先輩は、僕のことも忘れるんですか」
こんなことを聞くはずはなかったのに。先輩の顔を見たら聞いていた。
先輩は、僕のことも忘れてしまうんだろうか。僕といるこの日々さえも、卒業したら、全て。
僕も、忘れてしまうんだろうか。
先輩を見る。
あぁ、本当に、この人は、狡い。
「さあな」
そんな切なそうな、泣きだしそうな、子供みたいな顔されたら、僕は何も言えなくなるじゃないか。
「忘れるんじゃないか?」
忘れないで下さい。喉まで出てきたその言葉は、音にならないまま僕の中へ透ける。
「リク」
気付いたら、先輩が僕の前に立っていた。見上げると、どこか痛みを堪えてるような顔で僕を見ていた。
先輩も忘れたくないのだろうか。それとも忘れてほしくないのだろうか。
「そんな顔するなよ」
僕? 僕はどんな顔をしているのだらう。切なそうな、つらそうな顔をしてるのは先輩の方だろう。
「そんなあからさまに寂しそうな、さ」
次の瞬間、視界が塞がって、僕は抱きしめられていた。
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