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休日の午前に、図書館を訪れる者も少なくはない。開館時間を少しばかり過ぎると、人足もちらほら確認できる。
沙織もまた、そのうちの一人であった。彼女が返却予定の本を受付に持っていくと、そこには仕事着に着替えていた成嶺の姿があった。彼はあくまでも事務的に一切を済ませ、何ら表情を崩そうとはしない。沙織も負けじと、他人のふりをした。
「ミステリー小説がお好みのようでしたら、そちらの棚に新刊がありますよ」
「あら、どうしてわたしがミステリー小説を好むと?」
沙織は悪戯に、薄ら笑みを浮かべた。さて、どう出る。
「返却された本が、すべてミステリー小説でしたので。お好きなのかと」
やはり成嶺は、あくまでも仕事中を装っていた。これはこれで面白い、と沙織の中で意識的な悪戯心が生まれた。
とは言え、先ほど知り合ったばかりの間柄を、他人と呼ばないわけもない。そう考えると、彼の対応は間違ってなどいなかった。
「新刊って、ライム=R=ポールの新作だったのね。もう図書館にあるんだ……この前、買ったばかりなのに」
「ええ、そうですね」
ええ、そうですね。随分と素っ気のない御言葉だこと。沙織は悟られない程度に、頬を膨らませてみせた。
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