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一枚の、さび付いた十円玉を見つめたまま、大沼はしばらく黙り込んだ。
手首に巻かれた腕時計は、世界的に知れた一流ブランドなどではなく、一万円もしないであろう一般的なものだ。もともと銀色のそれは、ところどころ剥げていた。
そうして知らず知らずのうちに、彼の眉間には、幾重にもなった皺(しわ)ができていた。
彼は目つきが良い方ではないため、その表情はより一層、厳ついものとなるのだ。
それでも理解に苦しむのか、とうとうそれを臼井に返してしまった。大沼の目には、どうしようもない苛立ちが見える。
「ええい、解らん。さび付いた十円玉が、事件とどんな関係があるって言うんだ?」
「この十円玉が、昭和に製造されたものであるという、思い込みです。殺人をしでかした犯人が、飛び降り自殺をする際に、わざわざ遺体を消すことなどない。つまり我々に、別の犯人がいると思い込ませるわけです」
「そうなると、本当に自殺したってことか」
「いいえ。そうは言ってませんよ。ただ、少々不自然だな、ということです。どちらにしても、現場を見てみないことには何とも言えませんね」
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