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◆
十二月に入り、既に十日ばかりが過ぎていた。
外気との温度差から、吐息が白く変わる。
現場に残された血痕が、事の生々しさを醸し出していた。大沼に連れられて、臼井はマンションの一室にお邪魔した。
「自殺をはかったのは、佐藤潤一(さとうじゅんいち)、二十九歳の独身。会社員だ」
「警部、あのベランダから飛び降りたんですよね」
「ああ、一応、そう報告されている」
臼井は、大沼の言葉に何度か頷くと、そのままキッチンの方へと行ってしまった。
鑑識が室内を動き回る中、大沼も白い手袋をはめ、小さな本棚を漁った。
成人男性向けの雑誌が数冊見つかった他には、経済学書や漫画本が並んでいるだけだった。
ベランダには、洗濯ばさみが落ちていた。
「若いねえ」
「大沼警部、アダルト雑誌ばかり見てないで、真面目に調査してくださいよ」
「そりゃあ、誤解だ」
鑑識の女性に叱られた彼は、汚名返上とばかりに、臼井のいるキッチンへと向かった。
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