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既にキッチンの捜索を始めていた臼井の両手には、包丁と果物ナイフがそれぞれ握られていた。
果物ナイフの柄(え)の部分には、染み汚れた跡が残されている。そのありふれた染み汚れを入念に観察する臼井に対し、大沼はたまらず問い掛けた。
「おい、臼井。その染み汚れに何かあるのか?」
しかし臼井は、大沼の方をちらりと見ただけで、その質問には答えようともしなかった。
そればかりか、その口元には笑みさえ見える。大沼の顔が若干、引きつった。
「警部殿。その脳味噌を一度、洗剤で洗ってみてはいかがでしょうか」
これほどまでに完璧な笑顔で、皮肉った言葉を放つ者は他にいないだろう。それも、上司に対してである。
大沼はただ、苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「まあ、いいでしょう。警部殿も、この使い古された包丁を見て、何も思わないはずはないでしょうに。まな板も使い込まれているようですし。男性会社員の一人暮らし、か」
そこまで言い終えると、流石の大沼も理解できたのか、だらしなく「あっ!」と小さな声を漏らした。
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