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彼は、使用済みの紙コップをゴミ箱に捨てると、ノートパソコンの電源を落とした。時刻は零時を過ぎていた。
「ああ、もしもし、夜分遅くにすみません。佐藤です、佐藤潤一です」
携帯電話を片手に、職場をあとにした彼は、ちょうど駅のホームへ差し掛かるところだった。終電間近に駆け込む若者が、駅員に注意されていた。
大学生くらいだろうか。青年はぺこりと頭を下げると、そのまま四両目に乗車した。佐藤も釣られて、四両目に乗車する。
「おう、佐藤か。今からこっちに来れるか? 次の駅を降りたところにある『やたのうち』って居酒屋だ」
終電で乗客がほとんどいないとはいえ、車内での電話はマナー違反だ。彼はなるべく小さな声で、受話器に向かってぼそぼそと呟いた。
「今、電車に乗りました。『やたのうち』ですね、わかりました。すみません、電車内なので一旦切ります」
彼は携帯電話を鞄に仕舞い込むと、ふうと溜息を吐いた。
そんな彼の様子を、斜め向かいの席から眺める人物がいた。先ほどの青年である。青年はそのつぶらな瞳で、佐藤を舐めるように観察していた。
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