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「沙織さん、こっちです」
国立図書館前のバス停には、笑顔を振りまく成嶺の姿があった。
どうして笑顔でいられるのか、怒ってはいないのだろうか。沙織は無性に、心配になった。
「すっ、すみません! 本当にごめんなさい。わたし……」
申し訳ない。ただ、それだけに尽きた。沙織は何度も頭を下げ、成嶺に謝り続けた。
ちょうどバスが停車していたため、乗客は何事かと沙織の方を見つめる。しかし成嶺の反応は、沙織の想像していたものとは遥かに違っていた。
「いえいえ。さあ、行きましょうか。ここから歩いてすぐのところに、美味しい洋食屋があるんですよ」
どうして怒らないのだろうか。ひょっとすると、内心では怒っているのかもしれない。
成嶺の対応に、沙織は一層申し訳なくなった。
バスを見送った後、沙織は成嶺に連れられて、のそのそと歩き始めた。
彼は相変わらず、笑顔を浮かべている。沙織は三歩前をいく彼に向かって、先ほどの疑問をぶつけてみた。
「あの、成嶺さん」
「はい、何でしょうか」
「どうして怒らないんですか? だって、わたし、二十分以上も遅れて……」
彼は足を止めて、沙織に視線を送った。そうして再び、無垢な笑みを見せる。
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