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これでは埒が明かない。大沼は彼女に軽く礼を言って、駐輪場から離れようとした。
しかし、「あっ」と小さな声がした途端、大沼のコートが彼女の手によって摘まれていた。
「思い出しました。どこかで見たことのある顔だなあ、とは思っていたんですけどね、朝のニュース番組で『男性が自宅マンションで自殺』とか何とか。その人でしょう? ねえ、刑事さん」
彼女は買い物袋を自転車のカゴに入れて、再び会話を切り出す。
「息子がそのニュースを観ていて……あっ、息子っていうのは高校生なんですけどね。その子が昨晩、その男を見たって言うんですよ。深夜零時くらいだったかしら? レンタルビデオの延滞料金がどうとか言って、慌てて出て行きましたもの。時間は間違いありません」
深夜零時に、高校生が駅前をうろうろするのも世間的に好ましくないことだが、大沼にとって、そんなことはどうでも良かった。
すぐに話の続きを聞くため、その大きな体で彼女に詰め寄った。
「その息子さんに、会わせていただけないでしょうか。お願いします」
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