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切符売り場の前を、行ったり来たりする男がいる。
男は周囲の視線を気にすることもなく、銀縁の眼鏡を光らせていた。視線の先には、一羽の鳩がいた。
「おい、臼井!」
臼井と呼ばれた彼は、餌を求めさまよう鳩から視線を逸らし、大沼の方を一瞥した。
いかにも、不快感を露わにした表情で答える。
「そう大きな声で、名前を呼ばないでください。周囲の注目を集めるだけでしょうに」
もとはと言えば、自身の不審な行動で注目を集めていたのだが――。
行き交う人々は、何事だと言わんばかりに二人を見つめた。
「おっ、おう、すまん。ところで、佐藤潤一の目撃情報を入手したぞ。まだ詳しい話は聞いていないが、高校生の息子が佐藤潤一らしき人物を見かけたと、買い物帰りの主婦から得た情報だ」
「へえ、それは御苦労様です」
「何だ、やけに感動が薄いな」
「そうですか? これでも一応、自分なりに驚いているつもりなのですが……」
臼井は、自身の視界を遮る長い前髪を指先で摘んだ。
そうして、くるくると弄びはじめる。前髪を弄るのは、彼の癖になっていた。
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