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沙織は、その若い男と同じ国立図書館前で下車した。
夕方、立ち寄った際に返却しようと考えていたが、この男に惹かれ、一緒に降りてしまうことにしたのだ。午前中に返却しても、さして問題はない。
「あっ、同じですね」
不意に男が声を掛けてきた。何が同じなものか。あれこれ自分を見直してみたものの、これといって男と同じものは無い。
「何が同じなのでしゃあ?」
しまった、と思った。ついつい緊張して、語尾を噛んでしまったのだ。沙織は、男がそれに気付かぬことを一心に祈った。
「可愛らしい話し方ですね」
違う、気付くべきところはそこではない。しかし沙織は、「可愛らしい話し方」で済ましてしまうこの男に、どこか憎めないものを感じた。
「……はあ」
「すみません、何か失礼なことを言ってしまったでしょうか」
男は、未だ自分の天然さゆえの発言に気付かず、一人戸惑っている。これが精密な計算の上で成り立ったものなら脱帽だ。
「何が同じなのでしょう?」
今度は噛まずに言えた。沙織は男の顔を見上げながら、その答えを待つ。よくよく観察してみると、男はいわゆる美形とも言えた。すっと通った鼻、愛らしい瞳、細りとした体つき。
何よりも存在が柔らかい。
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