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春一番だという風が窓を叩いた。その音に目を覚ますと、テレビが付けっぱなしになっているのに気がついた。
私はキッチンのテーブルでうたた寝をしていた。外は暗くなっているがまだ9時だ。
幼稚園の年中組みのバッジをつけたままの智香(ともか)は、ソファで寝入っている。仕事が忙しいパパとは何日会ってないのだろう。
娘をそっと抱え、リビングの隣の和室に敷かれている布団に寝かせる。リビングに戻ってテレビを消そうとした時だった。私は画面に見入っていた。なつかしのアニメ番組をやっていた。
なつかしー。小さい頃よく見た手塚治虫のアニメだった。この話に出てくる飴玉をドラえもんの『どこでもドア』の次に欲しかったのを思い出していた。漫画の世界はいつでも夢のままの世界だ。いいなぁ。私の夢は何だったっけ。
別に今の生活に不満はない。仕事が忙しいパパだが、休日は子供の相手もしてくれるし家事も手伝ってくれる。
子供は欲しかった女の子で、とびきり美人にはならないだろうが可愛いといってもらえるくらいの器量はあるだろう。
家も一戸建てを無理して買ってくれた。主人である隆也の両親との同居を拒んだ私の我儘だった。しかし、田舎の長男であったので、同じ町の空いていた土地に建てた。
私は都会育ちで何も無いこの田舎が嫌だった。どこに行くのも車でないと出かけられない。歩いて駅や病院、学校やスーパーに行けた私が育った町と比べてしまい、結婚したことを後悔している自分に気が付くときがたびたびある。隆也の帰宅が遅いのは、浮気などではなく通勤に時間がかかるというだけなのだ。
他人に言えば「贅沢な悩み」といわれるだろう。だけど、それが今はやりのプチ鬱になる原因ではないかと私は考えてしまう。
なにもかも放り出して何処かへ行ってしまおうかと考えるが、そんな勇気も決断力もつてもなかった。私の両親は揃って早死にしていた。
帰る場所もない私が一人で生活できるはずもなかった。実家は弟が結婚して守ってくれている。
私はただ黙って少しの我慢をしていれば、このままこの土地で歳を取り骨を埋めることになるのだ。そんなことを考えて悩んでいるのは私だけなのだろうか。
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