笑顔

2/5
前へ
/8ページ
次へ
「今は、わたしも美里も同じ状態やね。軽くウツってヤツなんかなあ?」  香織は、何でもないことのように言った。今思えば、深刻な状態だったのは、わたしなんかではなく彼女のほうだったのだ。でも、彼女は他人にやさしすぎて、それを決して表面には出さなかったのだろう。 「そりゃあ、似た者同士やもんねえ。なんちゃってー」  わたしはおどけて言った。香織はクスッと笑うと、「そうやなあ、そうかもしれんなあ…」と空にむかって呟いた。  わたしと彼女は、小中高校と同じで、小学校の低学年から気づいたらいつでもそばにいて、それが楽しかった。上辺だけの人間関係では繋がっていない、たったひとりの「親友」と呼べる友人だ。 「香織、何か隠しとるやろ? なあなあ、言うてみい?」  わたしは香織からの少しの違和感を何となく感づいて言った。彼女は、一瞬ハッとした表情になった。しかし、すぐにいつものかわいらしい笑顔に戻った。 「うーん、言わんつもりやったけど…バレてしもたか。さすが、美里。ちょっと家のことでなー…でも、いつものことやから、大丈夫やから」  香織は明るく言った。推測だけれど、この時の彼女は相当な無理をしていた。わたしは、それに気づくことができなかった。ずっとこの時に戻りたくて仕方ない。 「あー…また家のことなんかあ。ほんまに大丈夫なんかあ?」  香織は、父親から暴力を受けていた。アルコール中毒の手前だそうだ。酔った際、しかも母親がいない時に、彼女に暴力をふるうそうだ。助けを呼ぼうにも、呼べなかった。彼女は、ひとりっ子だった。わたしはその父親に、何度か会ったことがあるが、そんなことをする人間には見えなかった。彼女と同じで、笑顔がとてもやさしい人だった。でも、それは仮面をかぶっていただけだったのだ。 「うん、気にせんといてや。大丈夫やから。でも、ありがとな。何かあったら、すぐ美里に電話するやん。」 「わかったわ。二十四時間、携帯に電話オッケーやからな。いつでもかけてこーい」  香織から電話がかかってくることは、よくあった。その時は、いつも泣きながらだった。自分の部屋のすみっこから、隠れて話していた。  わたしは彼女を守っているようで、守っていなかったのだ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加