笑顔

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「またやられたわあ…何でなんやろ? 何もしてへんのやで…?」  ある夕方、香織から電話がかかってきた。彼女は、ぐすぐすと泣きながら。わたしは慰めることしかしていなかった。 「今度はどこやられたんや? 痛くないか? 体は大丈夫なんか…? もし、あれやったら、今からでもわたしん家においで…なあ?」  わたしはいつものように言った。香織はこういうことで、家に来ることは多々ある。何の迷惑とも思っていなかったし、来てくれたほうが正直うれしかった。でも、この日の彼女は違った。 「いや、行かへん。また迷惑かけるやろ? それにちょっとな、ひとりで考えたいことがあるんやわ…でも、いつもありがとな。ほんまありがとな、美里」  香織は丁寧に断った。わたしは、彼女が言った「考えたいこと」について、何も聞かなかった。聞いていたら、何か変わっていたかもしれない。でも、変わっていなかったかもしれない。答えはフィフティフィフティだと思っている。そう思って、わたしは彼女から逃げているだけかもしれないが…。 「わかったわ。ゆっくり考えな。でも、無理したらあかんでな? また何かあったら、わたしに何も言わんでもええから、すぐに家おいでな。わかった?」  わたしは言った。いかにも、香織を助けてやっていますよ…というように。そんなことはなかったのに。本当は、彼女を助けることなんて、できていなかったのに。 「わかったわ、そうするわ。ありがとな。また後で電話するわ。ほなね」  香織はそう言うと、電話を切った。この後、彼女から電話がかかってくることはなかった。不自然なことだった。彼女は嘘をつく人間ではないのに。それから、何か今までとは雰囲気が違う言い方だったかもしれない、と今更になって思う。  もう香織は、この世に存在しないのに。わたしはたったひとりの唯一無二の親友を失ってしまった。大馬鹿者だ。無理やりにでも、彼女を家に来させていればよかった。  でも、それは今では絶対にできないことなのだ。わたしはベッドの上で丸くなった。
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