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天文4年(1535)の春。
蛹は蝶となり、菜の花畑をひらりひらりと舞う。
紫色の羽をした揚羽蝶が、どこかに向かって飛んで行く。
蝶は、開け放した障子の淵に止まった。
「まあ、なんて美しい蝶………」
一人の女が呟いた。
彼女の名は小見(オミ)。
小見の腹は大きく膨らんで居る。
どうやら妊娠しているらしい。
小見は白い指をそっと蝶に向ける。
蝶はひらりと小見の指に止まった。
「可愛いやつよの。お前は」
ニッコリと微笑む。
そう、ここは美濃の国、稲葉山城。
下克大名、斎藤道三が治めるている。
そして、この小見の方は、道三の正室であった。
「小見、子の様子はどうじゃ?」
「……元気でございます。あ、今蹴った」
いとおしそうに腹を撫でる。
「おのことおなご……どちらを望む?小見」
「家督を継ぐにはやはりおのこでしょうか……まあ、おのこには兄となる義龍がおりますし。どちらにしても、この子は宝ですから」
「……そうだな。小見、体調には気を付けろ。無理をせんようにな」
そう言って、道三は部屋を去った。
小見はその姿を見送ると、
「さっ。お前もお行き」
そう言って、紫色の蝶をそっと外へ出した。
蝶はひらひらと小見の周りを舞った後、ふわりと蒼い空へ飛んで行った。
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