二つの死

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貴方が幼い頃からうつけを演じて来た事。 きっと、貴方は誰よりも賢い。 それと、義父上様との約束……。 その時、ふわっと暖かい感触がした。 「信長……殿…?」 信長は、濃姫をそっと抱き締めていた。 「……きも」 濃姫は、照れ隠しにその腕を避けようと、体をゆする。 腕をほどこうと、掴んだ時、 「お濃……」 信長が呟く。 「?」 濃姫はもっさもさの毛皮の中から、信長の顔を見上げた。 信長の右目から、ひとつ、雫が光る。 鼓動で胸が締め付けられる。 涙を流す貴方なんて………見てられない。 「義父上様が言った通り、私は、貴方の味方だから」 「…………ありがとう」 うつけが初めて礼を言った。 濃姫はフッと笑い、信長の一粒の涙を人差し指で拭った。 「だから、もう泣かないで。私が居るから………」 毛皮の大きな胸板に、身を預ける。 「………泣いて………ねぇし……」 初めて、この声がいとおしいと思った。 初めて、濃姫は自らに素直になった…………。
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