ある日あの時

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「もうちょっといようよ」 めずらしい言葉に、キリは妙な汗が浮き出てくるのを感じた。 ルイは病弱で、外出していいのは週に一回なのだ。今日は、その貴重な一日。倒れられでもしたら大事である。 「ん、わかった」 冷静な判断は、恋心に押し潰される。いつからか抱いていたその思いは、今ではとてつもなく大きくなっていた。 桜の花は、本当に綺麗だ。けれど、満開からものの数日で散りきってしまう。 綺麗な顔に満開の笑顔を浮かべるルイは、あとどのくらいで枯れてしまうのだろう。 不吉な考えを、首をぶんぶんと振って掻き消した。 大丈夫。ルイはきっと、しわしわのおばあちゃんになるまで生きていられる。 キリはそう、自分に言い聞かせた。 「ねえ、キリ」 「なに? ルイ」 不必要なくらいの笑顔で応対した。 自分の考えを見透かされたくなかった。 やはり違和感があったのか、ルイは軽く小首を傾げたが、すぐに続けた。 「じゃあさ、飛んでみせて」 「……飛ぶって、いま?」 「うん、いま。こっち側から向こうの岸までビューンと。できる?」 向こう岸までは、川を挟んで五メートルくらい。無理だと言いたかったが、試すようなルイの視線にどうしても断れなかった。
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