ある日あの時

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「あのなぁ~」 呆れ顔でキリがぼやいた。 「ごめんごめん。だけどあんまりおかしいから……あはははっ」 ルイは堪えきれずに、また腹を抱えて笑いだす。 「はぁ~」 年齢に相応しくない深い溜め息を零して、残り五十センチほどを一息に登ろうと四肢に力を込める。 すると、目前に手が差し延べられた。 辺りには二人のほかには誰もいない。 つまり、その手はルイのものだ。 「はい」 「ありがと」 掴んで駆け登った。所詮子供の力なんて知れたもので、なんの補助にもならなかったが、その気持ちがうれしい。 ルイは濡れた手の平を豪奢な服で拭き、キリは濡れた全身を犬のように震わせて水気を飛ばした。 「じゃあそろそろ帰ろっか」 「もう!?」 ついさっき「もうちょっといよう」などと言われたばかり。この態度の急変には不満を隠せなかった。 「もう。――ほら、行くよ」 先導してルイが歩く。 繋いだ手は知らぬ間に離れていて、暖かかった手は、いつの間にか熱を失っていた。
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