-始-

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それは全てを写す、鏡の水面。 狂い咲く真紅の桜が、夜を背にうつりこんでいた。   静寂を壊すかのように桜が騒ぐ。しかし風はない。 雪化粧を身に纏いし木々らは、夜の帳に抱かれ眠りの中にいる。   ――ただ桜だけが揺れていた。   さざなむ水面には、桜の下にうっすらと人影がゆらめく。 波紋に阻まれ確かな姿は分からぬが、闇にも染まらぬ白い肌と髪が異彩を放っているのが分かる。 それが微かに顔を動かすと、どうっと風が巻き起こり、雪と桜が舞い上がる。   桜吹雪が辺りをうめつくす中、それは静かに笑ったようだった。 天に舞い上がった花びらが、緩やかに湖に降りたつ。 穏やかな波紋が広がっていく。 静まった水面には既にそれの姿はなく、ただ静かに真紅の桜がたたずむだけであった。
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