-始-

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よく晴れた空の下に、満開の桜が咲き誇る。   道を行く人々はまだ着物姿が多く、明治に変わり侍が消えようとしていても、まだ飛び込んで来た西洋の色に戸惑いが見えた。 ちらほらと見えるブーツや帽子が、やっと見慣れた光景になったというところだ。   桜並木のトンネルを秋月樹は走っている。 肩にかかる黒髪をゆるく元結で束ね、袴に明るい若木の羽織をはおっている。まだ、春先とはいえ風は冷たい。吐く息が、にわかに白い。   その樹の手を掴み、引っ張るように先を急いでいる子供は紅。 名前と同じ、腰辺りまである赤髪を揺らし、この辺りでは見かけない鮮やかな色使いの着物を着ているのが印象的だ。   どことなく古い面影を残した街並に、白壁の洋風の建物が混ざり始める。 微かに漂ってくるのは潮の香り。   黒い煙を吐きながら、蒸気船が船着き場に入ってくる。 それは東京と横浜を結ぶ、定期便。黒塗りの船体は飛沫を浴び、煌きながらゆっくりと碇が下ろされる。 渡された桟橋の周りには、乗客を待ちわびている人々が集まっていた。
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