The night

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  「〝Silver bells, it's Christmas time〟――」  目の前の小さな背中が、少しずつ角度を変えていく。髪が揺れ、白い横顔がこちらを向く。 「……サンタさん?」  子供がこう言ったのと、こちらが動いたのと、どちらが早かったか分からない。小動物のような黒い瞳がこちらをしっかりととらえる前に、犬は素早く室内に降り立ち子供に向かって手を伸ばした。また何かを言おうと開かれかけた口をその掌で乱暴に塞ぎ、背後に回って身体を押さえつける。 「騒ぐな」  叫び声を上げる間もなかった子供の耳元で一言告げ、テーブルの上で明々と燃えていた火を吹き消す。瞬間的に真っ暗になる室内。 「静かにしろ」  何とか拘束から逃れようと腕の中でじたばたもがく子供をさらに押さえ込み、小声で言い聞かせる。犬は息を殺し、外の動静を耳で伺った。しばらくすると「いたか?」「いや、いない」「もっとよく探せ! まだこの近くにいるはずだ」「絶対に逃がすんじゃないぞ! ……」という会話が窓のすぐ下から聞こえ、数人の足音とともに遠ざかっていった。  撒いたか。犬はふっと肩の力を抜いた。追っ手そのものよりも、追われているという絶え間ない焦りと命の危険からようやく解き放たれたことに、細い溜め息を洩らして壁にもたれかかる。そうしてから、自分の懐でもぞもぞと動き続けているものに目を落とした。  
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