The night

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   必死に暴れる子供は、特に口を押さえている掌をどかそうと爪でその甲をむちゃくちゃに引っ掻いている。手を離してやると、こちらもやっと解放されたというように子供は腕の隙間から慌てて這い出し、少しコホコホとむせた後――どうやら口と一緒に鼻も塞いでしまっていたようで、息継ぎができなかったらしい――犬のほうを向いた。しかし、依然部屋の明かりは落ちたままだったので、その目にはこちらのせいぜいシルエット程度しか見えてはいないだろう。一方犬のほうは通常の人間より夜目がきいたので、相手の姿形や様子がはっきりと見て取れた。  じっとこちらを凝視する子供は、しかし目が合ったかと思えばすぐに視線が左右に泳ぐ。向こうは闇と半分同化した侵入者の姿を探り、けれども決定的にとらえることはできないでいた。  あいだに闇を介しながら、両者はどれだけ長く向きあっていただろう。敵の追跡を振り払った今、もはやこの部屋にとどまる理由はこれといってないはずだったが、犬はまだここから離れられずにいた。そして犬にそうさせているのは、他でもない、闇を隔てたわずか一寸先に立つ小さな子供だった。こちらが身動きしたからといって襲い掛かってくるわけでもない、たとえ襲い掛かってきたとしても何の脅威にもならないちっぽけな幼子――しかし相手がこちらの存在を意識しているという時点で、決してこちらから目を逸らしてはいけないという本能にも似た直感に縛られていた。  
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