The night

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   互いが天敵同士であるかのように睨み合う二人のうち、先にこの状況を打ち破ったのは子供のほうだった。子供はこちらから目を離さずにそろりそろりと一歩ずつ後退り、テーブルの上にあった小さな紙箱を手探りで取り上げた。さらにその中からマッチを一本取り出し、シュッと勢い良く擦る。すると、闇は瞬く間に淡く仄暗い橙色の光によって部屋の隅や家具の裏へと追いやられ、彼らによってかくまわれていた犬の姿は、確かな形を伴ってその場に現れた。  子供が、マッチ棒を掲げる。対になった黒いガラス玉が、その奥に揺らめく炎を映しながら、こちらを射止める。 「……真っ赤な、服」  犬を見た子供がこう呟いたとき、窓の外から雪混じりの風がカーテンレールを鳴らしながら吹き込んできた。先程より強く吹いてきたそれは、棒切れの先端に灯る儚げな光をいとも容易くかき消し、辺りに闇を呼び戻した。  部屋が再び暗黒に呑まれた瞬間、子供の視線がこちらから逸れたのを、犬は見逃さなかった。子供が火の消えたのに気をとられている隙に、犬は身を翻して窓から飛び下りた。  子供が、 「あ――」  と窓枠に駆け寄ってきた頃には、犬は既に受け身の体勢に入り着地を終えていた。  犬は着地の際に体に付いた泥やゴミくずを払いもせず、また一度も振り返らないまま、すぐさまその場から走り去った。  
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