A Hound

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   春には草花が咲き乱れ、夏には緑が涼しげに生い茂り、秋には黄昏の色で染まるこの庭園も、冬にはすべてが雪でならされる。薄氷の張ったプールや一面白に覆われたテニスコートの横を通り過ぎ、どれだけ歩いただろうか、犬は周りの雪景色に勝るとも劣らない白亜の館の玄関にようやくたどり着いた。壁とは対照的な漆黒の扉に手を伸ばすまでもなく、あちらから行く先を開けてくる。丹念に磨き上げられた塵一つない大理石の床に雪と泥の混じった足跡をつけながら、不気味なほど静かな広間を抜けると、続く廊下には、世界各国のオークションで競り落とされたという絵画や骨董品がケースにも入らず無防備なかたちでずらっと並んでいた。そのうちのひとつ、パラソルを差した女が平面世界からこちらを見下ろしている。指紋を拒むように光沢を放つ青磁の壺の前を横切ると、両開きの大扉に突き当たった。 「いやァ、さっきは悪かったなあ」  自ら左右に開いた扉の奥から聞こえてきた声は、言葉とは裏腹に悪いと思っている様子はまったくなかった。 「実はつい昨日に屋敷のセキュリティシステムを一新したんだが、お前のデータを登録するのをうっかり忘れていたよ。まあ、飼い犬のデータを登録しようなんて、なかなか思わないからなァ」  部屋の中央に置かれたソファに腰かける一人の男。彼はオールバックにした金髪を撫で上げながら、薄ら笑いを浮かべる。それを、犬は部屋の外側から黙って見つめていた。 「どうした? そんなところに立ってないで、中に入ったらどうだ」  男に呼ばれて初めて、犬は部屋へ足を踏み入れる。それを見計らったように、扉はやはり自動で閉まった。  
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