A Hound

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   この屋敷は外観こそ歴史ある近代建築のようだが、門や玄関はもとより各部屋の扉の開閉までオートロックで制御され、また敷地全体も最新のセキュリティシステムで警備されていた。犬が何事もなく通ってきた大理石の広間や美術品の並ぶ廊下にも、本来なら無数の監視カメラや不可視レーザーが潜んでいる。今は一時的に解除されているものの、ひとたびセキュリティが作動すればアリの一匹も逃さないだろう。男は以前客人が来たときにこの屋敷のセキュリティの優秀さを自慢し、西洋のある美術館を引き合いに出して「おれの首はかの『リザの微笑み』にも匹敵するのさ」と語っていた。  これほどまでに厳重な警備を敷いた屋敷に住まう男――言い換えればここまでして命を守らなければならない男――の正体、それは世界でも指折りの大富豪にして、指折りの巨大犯罪組織の首領、そして犬の「飼い主」であった。 「それにしても、随分と派手にやったなァ、ハウンド」  ボスは、犬――ハウンドの頭から爪先をじっくりと眺めた。昨晩から着替えていないハウンドの服は、その上下とも大量の血痕が付着したままだった。 「今朝は実に清々しい朝だ。そう思わないか? こんな朝にはコーヒーを飲みながらゆっくり新聞でも読みたいところだ……が、悪いニュースだ」  デスクの上に置いてあった一束の新聞紙がバサッと広げられる。 「『昨日夕方頃、表通りのショッピングモールで騒動――街を活動拠点とするギャングの抗争か』……見ろ、ご丁寧に警備カメラの写真まで載ってる」  ワイドショーのキャスターのように読み上げ、紙面を指でトントンと叩くボス。 「ハウンド、お前は事を隠密に運ぶのがどうにも苦手らしいな。確か、前にも表で乱闘騒ぎを起こしたことがあったろう。ん?」  あれはどのくらい前だったかな――と、ボスはこちらに横目をくれる。 「……一ヵ月前です」  敵対組織に金で買われた裏切り者の始末が、そのときの任務だった。しかしすべては裏切り者を餌にこちらをおびき出そうと敵が仕組んだ罠で、ハウンドが向こうに潜入するやいなや待ち伏せしていた連中に不意打ちをしかけられた。それでもなんとか裏切り者を始末し、単身で大勢の敵を相手にしながら、命からがらボスのもとへ戻ってきたのだった。  
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