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奴らによる荒廃ぶりがいよいよひどくなると、一度は廃ビル取り壊し計画も持ち上がったらしい。しかし、既にギャングの支配下に入ったものに手を出す勇気は、街の執政にはなかった。こうして廃ビル群は新たな――負の栄華を誇る形で、再び街に定着したのだった。
今や、この地はあらゆる悪の温床である。金と暴力だけがモノを言い、凶悪犯罪が横行する。……といっても、ここでの犯罪は単なる日常にすぎなかった。麻薬取引は立派な経済の軸だし、殺人現場はまっとうな縄張り争いの跡である。無論、先ほどハウンドがチンピラを恐喝した罪などは、罪のうちにも入らないだろう。
しばらく誰もいない路地裏を歩き回ったあと、近くにあった錆色の非常階段に腰を下ろした。そこは昼間だというのに薄暗く、じめじめしていて、ドブ臭かった。天を仰ぐと、寒々しい曇り空がビルの先端に切り取られていた。
ハウンドは、夜を待っていた。すべてが影に覆われ、輪郭が溶けて、一つの巨大な闇の塊になる――夜。人目に付きにくいからというのもあるが、何より、明るいうちに行動するのが苦手だった。
陽の光は、ハウンドには眩しすぎた。あれは照らしたものの存在を、この世界にくっきりと描き出す。それに耐えられない自分は、灼熱の光線に焼き尽くされるほかなかった。だが夜は違う。暗黒に呑み込まれたものは世界と一体になる。そうして大いなる何者かの腕(かいな)に抱かれ、どろっとした混沌の一部になってしまうほうが、ずっと良い。
しかし、街中の夜は必ずしもそうではなかった。ハウンドとは逆に暗闇を拒む連中によって、至るところに光が氾濫しているのである。街灯、車のライト、看板を縁取るネオン……その他諸々は、周囲をむやみやたらに照らしまくる。
きわめつけが、あのイルミネーションだ。つい一ヶ月ほど前から見かけるようになり、気が付けば表通り全体がカラフルに点滅していた。そして太陽よりタチの悪いことに、あのまやかしの光は万物に平等でなかった。ある一定の見えない境界線を引き、その外側に対しては、まるで警告ランプのように輝くのだ。境界の内側であれらを愛でている人々は、きっと知らない――その光の、なんと冷たいことかを。だが、それでいて、触れると灼けるように熱い。それは、残酷で、凍りつくような、熱さ。
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