序章

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 世間が闇に飲まれた様に静まり返った夜半。  それと同様にシンと静まり返った屋敷の中にバタバタと廊下を荒く走る一つの足音と、その後を追う様に静かに歩んでいく一つの足音。  その相反する足音がただ淡々と、静まり返った暗闇の中に響き渡っている。  すると、荒い方の足音の持ち主が不意に縁側から庭先へ飛び出し、砂利を踏み締めながら慌てて駆け出していく。  その後をもう一人の人物が静かに追い掛け、軽やかに縁側から降り立つ。  その瞬間、暗闇の中に隠されていたその姿が露わになり、庭先に二つの人影が現われる。  一つは息を荒げて必死に逃げ惑っている中年の男。  もう一つは手に赤い雫を纏った刀を携えた白髪(はくはつ)の少女。  少女は壁際までその男を負い込むと、まるで見下す様な視線で男を見据えながらゆっくりと口を開く。 「俺等の世界では、決して負ける事は許されていない。負ける事は・・・即ち“死”を意味する。その事は・・・お前もきちんと理解してるよな?」 「まだだ!まだ、終わってねぇ!!なぁ、頼むよ・・・もう一度、もう一度だけ挽回する機会をくれねぇか!?」 「“あの人達”はお前の事をもういらないと言っていた。あとは・・・俺に任せる、とな。だから俺は俺が必要ないと感じた時点で、例えそれが仲間であろうとも・・・その場で即座に斬り捨てる」  月明かりで照らされた少女の顔はまだ微かに幼さを残していて、そこらに居る町娘と歳は変わらないだろう。  しかし、男の事を見下し続けている少女に表情など一切なく、視線は更に冷やかさを増していた。  その表情のまま男にそう冷たく言い放てば、男は一度身震いをしてすかさずその場で膝をつく。  そして、盛大に地面に額を擦り付けながら声を大にして、必死で叫び声を上げて訴える。 「ま、待ってくれ!!俺には愛してる妻と子供がいるんだ!だからっ・・・」 『関係ないな、そんな事。愛だとか恋だとか・・・そんなくだらないモノ、俺達には必要ないだろ?俺達には武士の魂でもある刀さえあれば、何も要らないじゃないか」  必死に縋り付く男に尚も冷たく言葉を投げ掛ける少女。  その口調から取りつく島がないと感じ取った男は、ゆるゆると顔を上げる。  その顔には絶望感が滲み出ており、瞳も大きく見開かれている。 そんな男を一瞥し、少女は不意に己の腰に携えてある刀へ視線を向け再び言葉を口にする。
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